中止判断の理由
 ヨコハマ映画祭実行委員会の北見でございます。
 
 新型コロナウイルス感染症のオミクロン株が猛威を振るっており、本日午前0時より「まん延防止等重点措置」が合わせて16都県に発令・適用されました。期間は3週間で2月10日(木)までとなっており、第43回ヨコハマ映画祭は2月6日(日)を予定していましたから正にその期間中とバッティングしました。「まんぼう」の発令がない場合でも受賞者の方々お客様みなさま実行委員会のメンバーからひとりの感染者も出さないための方策を考え、神奈川県のイベント実施のためのガイドラインに沿った準備を進めてまいりました。

 遡りますれば昨年12月のはじめにオミクロン株が確認されて以来、ずっと張りつめた緊張状態で情報の収集と「コロナ対応の方法論」を更新し続けてきました。それは、責任者である私に課せられた最低限の責務であっただろうと思うのです。そして当日のオペに関しては相当な自信も深めてはいたものです。しかし…。

 暮れに正月にと日本国中が普通に日常を過ごせば、そこかしこにオミクロン株に遭遇する機会はあったであろうことは容易に想像できます。加えて成人の日を入れた3連休が間にあり今日を迎えた「まんぼう」の発令です。感染拡大の波は抑えようもありません。第5波の時の経験からも今後2週間は感染拡大の勢いは止まらない、そう判断しました。

 オミクロン株については感染症法上の分類で2類(結核と同等)でなく5類相当(ふつうの風邪程度)でよい、というような乱暴な議論もあるようですが、私の立場ではどんなに理があってもそのような議論に与することはしかねます。軽症であるかどうかではなく感染力の強さこそが問題なのです。家族同然の実行委員会メンバーを感染症から守らねばなりません。いつもお客さまに向かって呼びかける「今日はみなさんと私たち実行委員会は家族です」ということも守らねばなりません。尊敬する映画人のみなさまももちろんお守りしなければなりません。

 本音を言えば「やりたかった」です。巡り合わせという不運を恨みたいと思います。くやしくて悔しくて、からだがふるえるような思いです。
 しかし、決断いたしました。映画祭を待ち望んでいたファンのみなさま申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。

                               ヨコハマ映画祭実行委員長 北見秋満



 今回の公式パンフレットに掲載します、私の編集後記を以下に転載します。

 「大和はええぞ。まほろばじゃ」。
 70年も前の小津安二郎監督作品「麦秋」で高堂国展のおじいさんが言うセリフが印象に残っている。

 小津映画にはよく庭先に干した洗濯物に陽光がたっぷり降り注ぐシーンが出てくる。天日のもとでもライトを足しているかのような強烈な明るさだ。観客の心を捉えて離さない光と影の表現なのである。
 
 70
年前にも気候変動の兆候は見られたのではないかと推測するが、長谷の大仏前の長閑な光景にも今見ると人間の欲望のおぞましい影が潜んでいるように思えてならない。敗戦からわずか6年後、希望に満ちた光に平和の夢を託す表現であったにもかかわらずそう思えて仕方がない。

 いや、明らかに私の意識過剰である。
 「グレタ ひとりぼっちの挑戦」を見てしまった今となってはグレタ・トゥーンベリは全く正しい、彼女は全く悲しいほど正しい、そう思うのだ。

 私は、グレタをふくめた若い人たち、これから来る人たちに私ができる精一杯のことをしようと思う。まずは次に使う人のことを考えよう、何事においても。

 映画祭を行っていく中においても、次に使う人のことを考えなければならないと思う。映画祭開催の1回1回が勝負だと思っている。ヨコハマ映画祭でしか表現できない何かを表現し発信していくのだ。それはあるべき未来を選び取りつなぐ一本の道筋になっていくのだと思う。

 私は生活においてはグレタに誓おうと思う。映画においては小津に誓おうと思う。常に次に使う人のことを思って生きるのだと。

Copyright (c)2001-2022 ヨコハマ映画祭実行委員会. All right reserved.
LAST UPDATE 2022/01/21